パパパッとパパ

パパ目線で伝える子育てのこと

赤ちゃんが居なくなった

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我が家は5歳のお兄ちゃんと2歳の弟くんの兄弟との4人暮らし。今回は我が家から赤ちゃんが居なくなったって話。

登場人物紹介

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兄:5歳3ヶ月
少年になって久しい。赤ちゃんなんてとうの昔に過ぎ去った。

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弟くん:2歳11ヶ月
もう立派な少年。赤ちゃん感はもう微塵もない。

(*イラストはKaoさんに描いてもらいました。詳細はこの記事をご覧ください*)

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下の子がもうすぐ3歳になる

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弟くんがもうすぐ3歳になります。あと一週間くらいかしら。もうほとんど3歳だす。

気づけば日中はおパンツを履くようになったし、食べるものも大人と同じだし、ジャンクフードもファストフードも大好きなその辺の幼児と同じ感じになってました。

ペラペラペラペラよく喋るし、動きはのんびり…というか鈍臭いですが、よちよち感はもう微塵もなくて、ドタドタドタと暴れ回ってます。

5歳の兄が机でお絵かきやお勉強をしていれば、「なんか描きたーい」と言って謎の線をたくさん描いてくれるし、本人の気持ち的にはもう兄と対等に渡り合ってるつもり感がビシビシ出ています。

いっちょまえに周りに気を使って立ち振る舞ったりもするし、自由気ままに見せかけてバランスを取っている感じも見受けられる。そんなことをさせてしまうのは心苦しい限りなんだけどね。

まぁそら5歳児と比べたらまだまだ幼いし、まだまだ可愛げだけで生きてる感がありますが、もはやそこにいるのは赤ちゃんではなく子どもです(当たり前)

我が家から赤ちゃんが居なくなった

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もうすぐ3歳の弟くんがもう赤ちゃんじゃないのなんて、他の人から見たらあたり前田のクラッカーですが、私自身から見たら当たり前田のあっちゃんではないんです。

ほかほかの赤ちゃん感ってのはもう1歳になれば失われていくんですが、2歳くらいまではまだどこか赤ちゃんの雰囲気が残ってるもんなんです。なんて言うんですかね、赤ちゃんの残り香みたいなものがあるんですよ。

2歳だとまだ何を言ってるのか分からないことも多いし、オムツを履いてよちよちしてるし、「ついこの間まで赤ちゃんやってたんですよ⭐︎」という顔をしてるんです。

それが3歳も間近になると、すっかり消えちゃう。子どもの顔を見ても「もう赤ちゃんやってませんけど何か」って顔してる。

あの頃の写真を見ればすぐに赤ちゃんの頃の感覚を思い出しますが、写真を見なきゃ何だかもうよく思い出せない。

そう、弟くんがもうすぐ3歳になる我が家には、もう赤ちゃんが居なくなったんです。

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(タコパをしたら、お腹がたこ焼きになったでござるの図)

赤ちゃんの居ない家

上の子が赤ちゃんをやってたのが5年前。その上の子がお兄ちゃんとなったのと入れ替わるように現れたのが弟くん。二学年差の兄弟である我が家は、この5年間ずっと赤ちゃんがいる家族でした。

可愛いけど目が離せない、手も離せない。手伝って、持ち上げて、泣かれて、ウンチクサイ、そんな5年間。

それがもう既にこの数ヶ月、何となく遠のいてる感じがあります。目も離すし、手も離すし、もう野放し放題やってます。兄弟の両方ともある程度は安心して見られるようになったから、一定程度は視界から消えてもまぁ心配ない。

1年前だったら子ども二人を一人で公園に連れて行くなんてハードモード過ぎてとてもじゃないけど無理だった。光速で瞬間移動する4歳児と後を追うつもりが一切ない2歳児のコンビネーションね。どっちも何をしでかすか分からないのに二兎を追えないアレ。

そこから1年経った今、二人を一人でお散歩とか公園に連れて行っても、そんなに大変じゃないんだ、これが。

相変わらず、というか5歳の兄の光速移動は最近さらに酷くなって、もはやBLEACHの瞬歩みたいな境地に達して笑えるんですが(マジで数十メートルの距離を一瞬で戻ってくる。多分彼の間合いの範囲内なんだと思う)、周りが見えるようにもなってある程度は安心して放牧できるし、その後をドタドタ全然追いつくことはないけど、一生懸命追いつこうとする弟くんもいるし、なんというか兄弟の連帯感みたいなんが生まれてるんですよ。連帯感なんてワードが私の頭の中に思い浮かぶなんて、1年前の自分だったら絶対に信じないだろうな。

兄弟が分かり合っちゃって、よく分かんない設定でワーキャー楽しんでいるんですが、それはもはや赤ちゃんの遊戯ではないのですよ。

この子たちはほんの数年前まで、まともに歩くこともできなかったし、何をするにも大人たちが付いていなくちゃいけなかったんですよ。ほんの数年前ってことは、体感的にはつい昨日みたいなもんです。

てんやわんや、猫の手を10本くらい持ってこんかーい!と怒号が鳴り響くその震源地にいたはずなんですが、今ワーキャー騒がしい震源地は私から離れてしまってます。

神の左腕を自称した息子たち専用の抱っこマシーンも最近出番がどんどん減っていき、廃るいっぽう。夜泣きで泣き止まない上の子を夜通し抱っこした(ちょっと盛ってる)私の左腕は、もう子どもを数分持ち上げるだけで大絶叫な悲鳴をあげてます。いつの間にこんなに鈍ってしまったんだ。

ベイビーさようなら

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人生の大半の時間は赤ちゃんがいないほうで、赤ちゃんのいる時間のほうが珍しいっつうか特別な時間になるんだと思う。

でも5年も赤ちゃんのいる生活が続いたら、そっちが当たり前になっちゃうんですよ。

赤ちゃんが居なかったあの頃の生活はもう思い出せない。いま急に明日1日フリーでいいよって言われたらマヂでフリーズしてしまいそう。

でもそんな赤ちゃんがいる日々はこれから少しずつ離れていってしまうわけです。もうだいぶお腹いっぱいでもたれ気味で、もうこれ以上はいいっすと思ってますが、無くなってみるとやっぱりちょっぴり寂しい。

もうすぐ3歳の弟くんに、「もうお兄ちゃんだね」なんて言うと、何故か頑なに「ボクはまだ赤ちゃん」と言い張るんですが、赤ちゃんは自分を赤ちゃんなんて言わないんだよ。

そんな詰まらないツッコミを入れるのも野暮なので、もう少しだけ弟くんの赤ちゃんに付き合ってあげようかしら。

おわりに

赤ちゃんが居なくなった我が家ではありますが、うるさいは相変わらずなので、実は感傷にひたる間もないんですよ。今日も明日も元気に騒いでください。