パパパッとパパ

パパ目線で伝える子育てのこと

3歳児の話はどこまで信用できるのか問題

スポンサーリンク

我が家は3歳のお兄ちゃんと1歳の弟くんの兄弟との4人暮らし。今回はお兄ちゃんの保育園での出来事について。

f:id:Pikky:20180418071738j:image
空想と現実の狭間で生きる男

息子3歳、話し好き男子

一般的な3歳児と同じように息子も喋るのが好きです。いつもなんかよく分からない話をペラペラ喋っています。

だいたいは我々には見えない物体を追いかけてブツブツ言ってます。「巨大怪物体!」とか「ア、アレは漆黒の新幹線ちゃう〜?」とか(どっちも新幹線ロボシンカリオンの用語)。

あとは擬音も多い。シャキーン!とか。そうそう男の子ってこんな感じでした。擬音と空想トークだけで何時間も話し続けられる勢いです。

話し好きなんだけど、会話のキャッチボールは割と適当

話し好きなんです。いや正確には一人でブツブツ喋ってるのが好きみたいです。

私が「今日、保育園楽しかった?」と聞くと保育園で愚図り倒していても「楽しかった!」って言うし、「給食美味しかった?」と聞くとほとんど口にしていくても「美味しかった!」って言います。

自分にあんまり興味のない話題とか別に話したくない話題だと、けっこう適当におうむ返しをしてきます。3歳にして人をあしらう方法をすでにわきまえています。

ただそこは息子よりも長い時間を生きているわたし。人にあしらわれたことも一度や二度ではありません。自分があしらわれていることくらいは自覚しています。それでも良いんだ、息子と会話ができるんなら。

でもそういうことなので、わたしも息子に質問はしますが、その回答自体はあまり真に受けてません。

そんななか聞き出した保育園情報が怪しすぎる

保育園に通いだして、わたしが知らない世界を生きだした息子に心配と興味がつきません。息子が保育園でどんな様子なのかをもっともっと知りたいのです。

まだあともう少し妻の復帰まで時間があるので、保育園の送迎は妻がしています。つまりわたしが息子の保育園の様子を知る方法は、妻から聞くか息子から聞くかの2つです。

そういうわけで息子にも保育園のことを根掘り葉掘り聞こうとします。「先生はなに先生がいるの〜」とか「お友だちはなに君がいるの〜」とか。

これらの質問に対する息子の回答が、

  • 「ゆうこせんせいといぬこせんせい」(2人とも偽名です)
  • 「おともだちはおおばやしくん」(こっちも偽名です)

という予想外にファンキーな回答が返ってきました。

先生の名前にしても前者の先生は正しいんだろうけど、後者の先生はなに言ってるんだって感じです。こちらも先生の名前は書類の中にあったので把握してるし。そしてそんな名前の先生はいなかったし。

友達にいたってはまさかの苗字。3歳児が苗字で友達を呼ぶってどうなのよって笑ってしまいました。

こんな風に保育園の話になると途端に笑いのセンスを滲ませてくる息子にそこはかとない愛おしさを感じていました。

疑ってごめん、息子

毎回毎回、同じ質問すると同じ回答で先生はいぬこ先生、友達はおおばやし君。笑いのセンスは図抜けていますが、いい加減本当のことを知りたくなってきました。そしてとうとう妻が保育園で真実を調べ上げたのです。

するとどうでしょう、息子が語っていた保育園情報に何一つ嘘やハッタリはなく、全てまごうことなく正しい情報だったのです。いぬこ先生もおおばやし君も実在したのです(ここでは偽名ですが)。

いぬこ先生は名前の漢字の読み方が特殊で、私達が読み違えていました。そしておおばやし君は下の名前が同じ子が2人いて、先生がその子を苗字で呼んでいたのです。ああ、そういうことか。

疑ってごめん、息子様。

話をどこまで信じればいいのか分からない3歳児の難しさ

そもそも虚実織り混ざった世界に生きている3歳児。彼のなかでは全てが真実なのですが、それが虚の世界での真実なのか現実世界での真実なのか判断が難しいです。

3歳を迎え、ようやく流暢にコミュニケーションが取れるようになったかと思うとコレです。

基本信じてあげて何か良くないことがあるわけでもないので、信じてあげればいいと頭の中では分かってるんです。でも、いやまさかそれはないでしょ〜ってことも多くてその度に心の中では信じていないんです。

いや息子からしたら全部本当のこと話しているのに親に信じてもらえなかったらショックだろうな。これが重なると親に本当のことを言えなくなる子どもになるかもしれない。あるいはおおばやしくんとの友情が途絶えてしまうかも。

よし、今から私はどんなにあり得ないことを息子が言葉に出しても、とりあえず信じてあげよう。

おわりに

空想と現実の狭間に生きる3歳男児。現実は意外と空想みたいなものなんだと学んだ私でした。