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パパ目線で伝える子育てのこと

もうすぐ3歳のイヤイヤ男児との生活を例えると

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イヤイヤ期真っ只中の子どもとの生活

我が家は2歳11ヶ月と生後7ヶ月の兄弟との4人暮らし。

何度かエントリにもしていますが、上の子は絶賛イヤイヤ期の真っ最中です。
▶︎魔の2歳児とは一体なんなのだろうか【イヤイヤ期絶頂・2歳10ヶ月】

このエントリを書いた2歳10ヶ月のときにはほんとイヤイヤが激しすぎて、ホトホト困り果てていました。
それから約1ヶ月。状況が何か好転したかといえば…全く変わっていません。うん、大人たちがちょっと慣れてきたって点だけプラスかな。

もうすぐ3歳となるイヤイヤ男児との壮絶な日々。その真っ只中にいる今、息子と接していると頭をよぎる言葉があります。

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もうすぐ3歳児ともう既に34歳おじさんの図

イヤイヤ男児の毎日

イヤイヤ男児との毎日は忍耐の毎日です。

ご飯を食べるのも嫌、着替えるのも嫌、外に行くのも嫌、家にいるのも嫌、テレビを見るのも嫌、テレビを見ないのも嫌、嫌、イヤ、いや

じゃあもう好きにしたら………という言葉が喉元を出そうになるのを歯を食いしばって思いとどまっているくらいのヤイヤイヤのオンパレードです。

じゃあもう好きにしたら、と言えたらどれだけ楽なんですが、そういうわけにもいかないのが親ってもんです。
ご飯は食べてもらわないといけないし、着替えもしなきゃいけない、今日の予定だってある、イヤイヤ言う少年を何とかどうにか説得して食事や着替えをやってもらわねばなりません。

イヤイヤ男児の説得とは

3歳にもなっていない子どもに正論は全くもって意味がありません。どんなに滔々と食事の尊さ、着替える行為の高貴さを訴えてもどこ吹く風。
「正論が何だろうが俺はやりたくないんだっ!」を彼ら流に略して「イヤ」と言っています。

正論で説き伏せることができない、もちろん力づくや脅迫などの手は使いたくない、餌で釣るのも最後の最後の最後の手段、……そうなると残された手は1つしかありません。

おだてるしかないんです

毎日あの手この手でおだてまくる

着替えを例にとってみると

わーこの服カッコいい!息子くんめっちゃイケメンになるんちゃう!

これは基本のおだて文句(東京在住ですが、関西歴が長いので心にもないことを言うときは関西弁になります)。
からの

わーこの服京浜東北線みたい!息子くんこれ着たらひょっとすると電車になれるかもよ〜

これは息子に色濃く流れている鉄分へ訴えようという試み。
あるいは

わーこの服シマシマー!なんか線路みたいだ!これ着て電車走らせようぜ〜

ボーダーなら線路になれるというのも有効な手です。
かといっていつもいつも電車でノってくれるわけでもなく

わーこの服シマシマでシマウマさんだね〜ヒヒーンヒヒーン、一緒にシマウマになろうよ〜

時には動物で攻めてみたりもします。
シマウマって馬だからヒヒーンで合ってますよね?
他には服を手に持って

こんにちは息子くん。ぼくは君のシャツ君だよ。君に着てもられたらぼくとっても嬉しいなっ!

と服を擬人化してみたり、ほんと毎日手を変え品を変え、息子のテンションを上げるように手を尽くしています。

イヤイヤ男児との生活を例えると

ある日の朝、いつものように妻が上の子を必死におだてて、着替えをさせようとしています。

そして今日のツボを無事に発見したのか、きゃっきゃきゃっきゃ着替え始める息子。そんなやりとりを見てて頭に浮かんだのが…

豚もおだてりゃ木に登る/ぶたもおだてりゃきにのぼる

能力の低い者でも、おだてられて気をよくすると、能力以上のことをやり遂げてしまうことがあるというたとえ。

デジタル大辞泉

あぁまさにこれだ。言い得て妙すぎる。イヤイヤ期のこどものためにある言葉だ。

ほんとブタを木に登らせるくらいに褒めちぎっておだて倒さなきゃ彼らは動いてくれません。少しでも機嫌を損ねようものなら猛烈な抗議の嵐が吹き荒れます。

そして、もしブタをおだてることになったら、なんておだてたらいいのか、どんな言葉で声をかけたらブタの心にまで届くのか、夜も眠れないくらいに考えるはずです。あぁ2歳児と同じだよー。毎日ツボが変わるから、毎日手探り腹探りでフォークでスープを掬うみたいな不毛な戦いなのです。

言葉が通じるだけブタよりマシな気もしますが、ブタよりも強情なので結局どちらもどっこいどっこいな意味不明さです。

ちなみにこれ昔からあることわざではなく、戦後に誰かが言い出して、それがヤッターマンで使われてメジャーになった言葉のようです。きっとこれを言いはじめた人はイヤイヤ期の子どもを見て思い付いたに違いない。

おわりに

打てども打てども響かない様子は馬の耳に念仏のような気持ちになるし、でもツボに入ると嘘のように軽やかに言うこと聞いてくれるあたりは、馬に念仏というかはブタを木に登らせているほうがニュアンスは近いかな。

今日も我々は手探りで可愛いブタさんの心を読み取り、手玉に取ったり取られたり、笑ったり泣いたり怒ったりしながら木登りをさせるのです。