パパパッとパパ

パパ目線で伝える子育てのこと

2歳9か月:赤ちゃんはこうやって子どもになっていくのか

スポンサーリンク

我が家は2歳9ヶ月と生後6ヶ月の兄弟との4人暮らし。

上の子はもそろそろ3歳が見えてきた2歳後半男子ですが、その成長速度は未だに衰えていません。
それどころかまた成長速度が加速しているんじゃないかと思うほどです。

0歳のときにも、1歳のときにも、その圧倒的な成長スピードに驚かされましたが、もうすぐ3歳になろうかというのに、まだ"日に日に"の成長を感じることができます。

f:id:Pikky:20170828221041j:image
すごい体勢で電車を愛でる子鉄

0歳は身体の成長

生まれてから1年はもっぱら体が成長していっていました。
生まれたときには2700gで軽すぎて抱えるのも怖かった小さな体が一年で3倍に膨らむのです。1歳になる頃には抱っこが重くて重くてしょうがなくなっていました。

また、生まれたての頃は首を振るので精一杯だったのが、寝返りを覚え、ズリバイを覚え、つかまり立ちをし、そして最初の一歩を踏み出す。
一年がかり(人によってはそれ以上)の壮大な物語に大人は漏れなく感動の涙を流すのです。

f:id:Pikky:20170828224704j:image
寝顔だけでご飯3杯はイケる@7ヶ月

1歳は心の成長

1歳を超え、自由に思い通りに動くことができると、それまで以上に喜怒哀楽を表現してくれるようになり、それまで以上に子どもの意思を感じ取ることができるようになります。

単語も発するようになり、早く「パパ」というスーパーワードを言わないかそわそわしていたのが懐かしい。

上の子は完母で1歳7ヶ月のときにおっぱいを卒業しているのですが、この卒乳後の心の成長はすさまじかった。
それまで少なからずおっぱいへの依存があり、気に食わないことがあればおっぱい、小腹がすけばおっぱい、寝る前にもおっぱい、寝ても覚めてもおっぱい、とりあえず一杯、みたいな状態でした。
それがすっぱりパイ卒した後は、上機嫌に遊ぶ時間が増え、ご飯もモリモリ、そしてそのままぐっすり寝るという理想の1歳児になったものです。

あのときの成長は今思い出しても鳥肌ものです。

f:id:Pikky:20170828224417j:image
いちいち動きが可愛い@1歳5ヶ月

2歳はコミュニケーションの成長

2歳になって、単語だけでなく二語文・三語文で話せるようになると、会話のキャッチボールを楽しむことができます。

それまでの子どもは宇宙語を話すので何を言っているか分からず、その前後の動きなどでなんとなく想像して当てるジェスチャーゲーム状態でした。

それが一言単語を発してくれるだけで大人の推理にスゴく役立つし、二語文・三語文になれば言葉だけで子どもの気持ちを推測することができるようになります。
自分が話すだけでなく、こちらの言葉を理解しそれに受け答えできる日がくるなんて親やってて良かったー!っと思います。

f:id:Pikky:20170828224449j:image
背中がもう子どもになっている@2歳8ヶ月

あれ、いつの間にか子どもになってるぞ

そう、ついこの前までは言っても聞かない(理解できない?)ので、口で言う前に手で制止していました。
信号待ちの交差点なんてがっちり体をホールドしておかないと目が血走っていて危なくてしょうがなかったのが、今やそこまで神経質にホールドしなくても大丈夫になりました(ちゃんと警戒はしてますが)。

仕事から帰ってきて息子くんに「今日は何したの?」って話しかけると「◯◯したっっ!」とボールがちゃんと返ってきます。
何を当たり前って思うかもしれませんが、これまでは投げたボールを自分で拾いに行かなきゃいけなかったんですよ。それがいつの間にかキャッチし、こっちに投げ返すことができるようになってきたのです。
んーでも、どこぞの年寄り並みに同じ話を繰り返すんですけどね。一週間前に行った水族館の話を未だにするし。

私は今子どもとの会話が楽しくてしょうがありません。

それがつまりイヤイヤ期

コミュニケーションができるようになってきたということは、自分の意思を伝えることができるようになってきたということ。それがイヤイヤ期です。

「ズボン履いて〜」「ヤッ」

「トイレ行こう」「ヤッ」

「お片づけは〜」「ヤッ」

「電車見にいく〜?」「ハイッ」

うん、ちゃんと言葉を理解してキャッチボールしてますね。

遅々として進まない躾ですが、もうしばらくの間はのんびりこのやりとりを楽しみたいと思います。

おわりに

2歳後半のいまの息子を見て、「あぁこうやって赤ちゃんは子どもになっていくんだ」と妙に感心してしまっています。

約3年近く息子の近くにいますが、未だに地球外生命体のように見えるその生態に私は興味津々で、そして常に変化していくその背中をちょっと切なく、とても愛おしく眺めるのです。