パパパッとパパ

パパ目線で伝える子育てのこと

抱っこは父と子が築きあげた芸術

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我が家は2歳9ヶ月と生後5ヶ月の兄弟との4人暮らし。

上の子も下の子も絶賛抱っこ星人として育っています。下の子はしょうがないとして、上の子は自分の足で歩くことができるのに、上の子のほうが抱っこ星人です。

上の子と一緒に外出しようものなら最初から最後まで抱っこで乗り切ってしまうことも少なくありません。靴履かなくて良いレベルです。

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下の子を抱っこをするようになって身体中が痛い

上の子から通算2年以上抱っこをし続けた私の身体は、10キロをゆうに超える上の子を1時間や2時間抱っこをし続けてもびくともしません。…2時間は流石に言い過ぎましたが、1時間は抱っこし続けても余裕な自信があります。

でも、下の子が生まれて、下の子を抱っこするとほんの5分10分でも全身が痛くなります。腕だけでなく首肩腰全部バッキバキになります。

単純な体重差でいえば、上の子は13kgなのに対し下の子は7kgくらいです。半分の体重しかありません。

首もしっかりすわって、抱っこの姿勢は上の子も下の子も大まかには同じです。

確かに下の子のほうが小さいので、その分腕を高く上げて抱っこする必要はあるので、腕がしんどいのは理解できますが、それ以外は上の子を抱っこしているほうが辛いはずなのです。

上の子との抱っこは阿吽の呼吸

上の子とは日々の抱っこの成果なのか私の胸に上手く収まるポージングを完璧にマスターしてしまっています。

足の巻きつけ方も私の腕を邪魔しない範囲でぐっと太ももを巻きつけてきますし、上半身の体重のかけ方も完璧です。私の肩に向けて体重をかけてくれるので、肩・背中・腰全体で体重を支えることができます。なので長時間抱っこしてもそこまで辛くはありません。

ちなみに抱っこをせがむときには、両手を広げ、もの欲しそう〜な顔で、もちろん上目遣いをしつつ、口をちょこっと尖らせて「だっこ」と言います。要はいちいち可愛いのです。こちらの身体がどんなに疲れていてもついつい抱き抱えたくなる、そんなトーンを知り尽くしているのです。

私の抱っこは上の子用にカスタマイズされている

私と上の子との2年半で築き上げた阿吽の呼吸で、上の子を持ち上げた瞬間バチーーンとお互いの体勢がハマります。

下の子はお互いまだ手探りで、抱っこしている私も何だかしっくりこないことがほとんどです。そうしてしっくりくるポジションを探しているうちに下の子が泣き出してしまいます。

上の子用にカスタマイズされた私の抱っこポージングを下の子用に作り直さなきゃいけないのですが、自他ともに認める不器用な私なので、簡単に調整ができないのです。

下の子もまだ抱っこされ慣れていないので、傾けてほしくない方向に体重をかけたりします。そうすると私の腕にも負担になるし、厳しい体勢での抱っこになるので、下の子にとっても抱っこ環境が良くありません。

ママはもうバチーーンと来ている

流石というか、当然というか、下の子とママとの息はピッタリです。抱き上げた途端に後ろでバチーーンと効果音が流れています(私の脳内で)。

一見すると私と同じ体勢なはずなのですが、違うんでしょうね。

上の子のときもなかなか私の抱っこに馴染みませんでしたが、そのときの教訓で、ママの抱っこを真似ようとしてもどうせ真似られないというのを学んだので、時間をかけてパパ色を馴染ませていきたいです。

きっとそのうち長時間の抱っこならパパってなるんです、気長に待ちます。

抱っこは信頼の証

自分の全体重を私に傾けて、為されるがままに抱っこを受け入れている様子は、心から信頼されているようでなんだかとっても幸せです。

下の子との歴史はまだ浅いので、体重を預けてくれません。なんでそんなに力入れるんだっていうくらい全身が力んでいることもあります。

一抱き一抱きごとに信頼が深まっていくことを信じて、今はひたすら抱きかかえる日々です。きっとそのうち腕をパパの背中に回してくれる日が来るはずだ。

抱っこの思い出は甘美な記憶として残る

私は記憶にある限りパパっ子でした。小さい頃から色んなところに連れていってもらったし、父親に怒られた記憶もありません。

そんな数ある父との思い出のなかでも抱っこをしてもらった記憶はものすごく甘い思い出として私の心に残っています。抱っこされながらヒゲでジョリジョリしていた父の頬に自分のほっぺをくっつけるのが楽しかったのです。

この心地よい抱っこの記憶が私の中で一番古い思い出です。あぁ違うや、保育園から脱走して1人で家に帰ろうとしたのが一番古い思い出だ。抱っこは二番目に古い思い出です。

怒られた記憶もないし、いっつも遊んでもらっていた記憶しかありませんが、そんなお花畑な思い出のなかでも抱っこの記憶は強烈に覚えています。

あのときの父の太い腕や胸板に比べたら私はヒョロヒョロですが、でもきっと息子も私と同じように100パーセントの信頼を置いて体を委ねています。今がパパとしての頑張り時なんだろうな。

おわりに

2歳半を過ぎても抱っこ星人な上の子に、既に抱っこ星人の片鱗を見せはじめている下の子。

私の体は全身キシキシ軋んでいる音が響いていますが、これもあと数年の辛抱。子どもたちの記憶に私のヒョロヒョロボディを実体以上に大きく刻んでおくために今は必死に堪え忍ぶのでした。