パパパッとパパ

パパ目線で伝える子育てのこと

子どもにとって祖父母は終わり(死)に一番近い存在

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本日は母の日ということで、なーんとなく自分の親(息子にとっておじいちゃん・おばあちゃん)の存在について考えてしまいました。敬老の日でもないのにね。

子どもにとっての祖父母の存在ってどういう意味があるんでしょう。今は子どものスポンサー的な存在の大きさがどうしても目につきますが、息子の関係者で一番「終わり」に近い人間という意味も少なからずある気がしてなりません。

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一番終わりに近い人

一般的に言って、自分が死ぬより先に親が死に、親が死ぬより先に祖父母が死にます。

そういえば私も最初のお葬式は自分のおじいちゃんでした。私のおじいちゃんは私が物心ついたときから寝たきりで、可愛がってもらった記憶はありません。

亡くなったのは幼稚園か小学校に入りたてくらいのときだったと思うけど、そのときも特に悲しいとか寂しいとかいった感情は湧いてきませんでした、確か。

それでも人が死ぬということを目の当たりにして、いつか自分の親にもそういうときが来て、いつか自分にもそういうときが来るんだと悟ったような覚えがあります。

私には歳の離れた姉がおり、私は高校生のときにおじさんになりました。そして、ちょうど私がおじいちゃんを亡くした時くらいの年齢で、私の甥もおじいちゃん(私にとって父)を亡くしています。

私の父は孫に対してなかなかの甘やかしっぷりで、孫も「じいじじいじ」とおじいちゃん大好きな子どもでした。そんなおじいちゃんのお葬式で甥(&年子の妹)は「じいじ〜」と大泣きしていました。

死をちゃんと認識してんのかな?と少し不思議になりましたが、もう会えない・寂しい悲しいという感情のようでした。

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老いていく姿を見ておくこと

私はまだピチピチボーイなので老いることの意味なんてものは全く悟っていませんが、自分の祖父母が老いていく姿を見てはいました。

小さい頃よく遊んでくれたおばあちゃんの背中がだんだんと丸くなっていく様子も見てきました。子どもだった私はそういう姿を見て「老いる」ということを知ったような気がします。

親に対して同じことを思うのは自分が成人して自立してからが普通だと思うので、おじいちゃんおばあちゃんは子どもに「老い」を感じさせるいい教材になります。

遠い祖父母

私は車で10分のところに両親の祖父母の家がありました。

でも息子は最低でも飛行機で1時間フライトする必要があります。息子にとっておじいちゃんおばあちゃんはきっと「身近な人」ではないような気がします。せいぜい夏休みとお正月に会うくらいでしょう。

同世代の友達や私たちのような親世代しか身近にいないことで「死」や「老い」を感じる経験が少なくならないか少し心配に思います。ま、逆に身近にいないから会うたびに老いを感じるとかあるかもしれませんが。

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親にできること

距離的には遠いところにいますが、テクノロジーのおかげで息子は毎日おじいちゃんおばあちゃんとお話しをしています。

今年の母の日にはおばあちゃん宛てに我が子の写真を送ったりもしました。頻繁に会うことは難しいですが、頻繁に感じることはできるのかなぁと思います。

親として、じじばばへの親孝行だけでなく、我が子の健全な成長に寄与するという面でもじじばばと我が子をたくさん触れあわせたいです。

おわりに

「老いる」ことを知ることは、時間が有限で自分にもいつか終わりがくること知ることに直結すると思います。

でも自分の体で「老い」を感じるのは大人(おっさん)になってからで、それから自分の終わりを意識しても遅いんじゃないかと思います。少なくとも自分の老いを感じる前に、大学進学とか就職とか人生が変わってしまう節目はたくさんあります。

息子には早い段階で自分の一生について考えてもらいたいし、「老いる」ことへの焦りとか恐怖とかいうのを少しでも感じてもらいたいです。

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